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お久しぶりです。本来は、音声作品の新作のお知らせをしたい所なのですが、水面下の状態で、表にだすことができない状態です。次が出せるまで、なんとか生き延びたいところなので…既存の音声作品、買ってください。そして、お友達や同志の方々に、ご布教お願い致します…なにとぞ、なにとぞ…。
さて、今回は、こっそり、リハビリも兼ねて、某コンテストに応募して、ダメだったショートショート作品を公開したいと思います。さすがに、本格的にそちら方面を学んでいる方々のアイデアには敵わなかったです…約1800作品の総数なら、こうなるのかなぁ…
ええと、一応、理系要素のあるファンタジィ小説になります。そういう知識がなくても楽しめるように考えたつもりでした。何しろ、僕がまったくもって、理系ではないので。プログラム、までいかなくとも、スクリプトの知識がわずかにあると、より楽しめるかと思います。
あぁ、ちゃんとした賞を受賞したい……みんな、どーやって受賞、でびゅーしてるんでしょうね…。



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 罪の事情


僕は夜が明ける夢を見ていたはずだった。
 黒、赤、紫、青、そして碧――真新しいパレットへ言葉を置いた瞬間に、それがどんな色なのかを思い出す。
 僕は、いつここで、眠ったのだろう。
 何度目の覚醒かはわからない。しかし、誰しもそんなものだろう。自分が産まれてから迎えた朝の数を覚えている者も数えている者も少ない。それを瞬時に計算して答えようとする者も、また少ない。同じく、いつ眠ったかなど、重要なものでもない。
明日の朝、また目が醒めると信じて眠ったのだろうか、という問いと同じ。その程度と思うことのほうが、よほど健全だ。
眠るとは、そもそも何なのだ――覚醒状態を正常とするのか、眠りを異常とするのか――それは生死のどちらかを正と位置づけるかに、よるのかもしれない。
または――脳が覚醒していれば、体は眠っていても、それは眠っているとは言えないのかもしれない。
答えのない問いは、自意識の目覚ましベルだ。
 二度、三度と瞬きをして、呼吸を意識して行う。全身にゆっくりと血液が流れていく様を想像して、手先、足先の指が自分のものであるかを確認する。そうしているうちに、ゆっくりと……ここがどこなのかを観察し、認識しはじめることにリソースを割く脳。
 そうして得た情報で、僕は空間を創る。
 天井は高い。色は白。継ぎ目は浅いようで、細かな凹凸があり、光の拡散を防いでいるのかもしれない。落ちてくる明かりの色は冷たく、天井に埋め込まれている。天井材とは異質なマテリアルのカバーが覆っているため、光源はわからない。
 目を這わす壁も白く、柱のでっぱりが見えない。壁全体が天井を支える構造をとっているのか。こちらの表面は磨き上げられた鏡面のように、僕の姿を映している。その擬似的な鏡によって、僕はベッドに眠っていると知った。ベッドは簡易なものではない。面そのもので自重を支える、住宅やホテル、そういう寝室に置かれるものと考えて良いだろう。室内には、その他に、白い簡素な家具――サイドボードがみられるだけだ。引き出しに何が入っているのかは、見ただけでの判別はできない。鏡面から得られる床の情報は、グレィ。継ぎ目は見つけられず、ピィタイルに似ているが、リノリゥムか、ただモルタルにでも塗装がされているのか……それは直接足先で触れなければ判断できないだろう。
 僕は世界の構築に不足している情報を自ら得るために、起き上がろうとした。体は苦悶を漏らしたが、わずかな意識のくらみだけで、上体を起こすことができた。長期間横たわったままではなかったようだ。一般的な眠りの時間だけ、僕はこうしていたのだろう。
 下肢に力をこめて、ベッドから足をおろす。
 触れた足先は冷たさと共に、わずかな弾力を返した。それは、どこか遠くに見た、病室を思い起こさせる。
 そう――この思い起こすというものは、どこからやってくるのだ。色という認識、その名前の色がいったいどんな三原色の混合でしめされたものなのか、また、天井、壁、ベッド、サイドボード――それらの名前を、僕はいったいどうして知っているのだ。
 ヒトは産まれてからの教育や経験で、それらの物事、知識、認識を得ていくと言われているが、本当だろうか。まず、言葉さえわからないのに、その言葉の理解はいったい、どこから来るのだ。
 それとも、ヒトの脳には、最初からそれらの膨大な情報が格納されていて、それを引き出していくだけの事を、教育だ知識だと呼んでいるだけなのか。ならば、頭が良いという解釈は、その格納庫からのピッキングに長けているだけなのか。もしくは、鍵のかかった引き出しの錠を解く術を知ることが勉強なのか。
 天才と呼ばれるものは、はじめから脳に、鍵がかかっていないのか。それとも――自前で鍵を精製し持ち得る者が、天才なのか。
 ならば――。
 僕は一度、溜まる息を吐き出し、その反動で、乾いた空気を吸い込んだ。そして、世界に結論を出す。
――ならば、僕は天才ではない――
なぜなら、僕は僕が誰なのかさえ、わからないのだから。
天才なら、自分が何者かなどと悩む事はしないだろう。わからないままで気にしないはずだ。
世界への結論を浮かべた瞬間に、天井のどこかから、ふやけた音の羅列が染みだしてきた。
それは音楽という――けれど、曲名などは思い出せなかった。それを紐解く鍵を持っていなかった、そういう事だろう。音楽にはインストゥルメンタルと歌があるくらいはわかったし、このふやけた音――音楽には、きっと声が続いて、歌になるのだという確信……いや、希望があった。
だが、一介の望みは打ち砕かれるよう、僕の構築した世界では決まっているらしい。
僕の耳で溶けたのは、歌声ではなく、寒風の、しかし有機的な独特のニュアンスとトーンを持った、声だった。
「覚醒を確認……身体に異常ない場合、そちらへ誘導します」
 声の方へ、僕は顔を向けた。上下に真っ白な、東南アジアあたりの民族衣装を想起するセパレイトの長衣を身につけた女性が立っている。体のライン、そして声色から女性だと僕は位置づけたが、もうその認識が正しい世界だったか、意味をもつ世界だったかは、曖昧だった。それよりも、声のニュアンスに僕は訛りを聞き出していた。しかし、それはこの場で彼女が操る言葉が自然で、僕の存在が訛りを感じ取る地域の出身であるせいなのかもしれない。
「意識の混濁はありませんか?」
「あ、うん……」
 答えてみたものの、そもそも意識が混濁しているという状況がわからない。意識も、どこを正常とするかでそれはかわってしまうのだ。異常ではなく、何も思い出せない今をニュートラルとするなら、僕は正常である。
「ご自分で起き上がれるならば、歩くことも可能でしょう、私のあとに続いてください――先導を開始します」
 告げるだけ告げて、彼女は僕を視界から消して、またどこかへ告げた。耳にイヤフォンマイクでも仕込んでいるのだろうか。
 無駄な思考をしている間に、彼女は背をドアまで運んでいた。
 僕は慌てて立ち上がる。そして、軽く意識が揺らぐのを感じた。そして思う――歩くとは、どうすればよかったんだ――そう思い浮かべた瞬間に、足が一歩前へ出て、歩くことを思い出した。
 いや……思い出したのではない。
 それでも躊躇わず歩く事が出来たこれを、僕は脳に格納されている基礎的、基本的な動作や資料を、取り出した、そう解釈することにした。コンピュータでいえば、チップに焼かれたコードである。そう、この思考さえも、今、僕は脳から取り出したのだ。何もわからない今の僕は、最も基本的なオペレーションシステム――呼吸や反射の次の階層くらいの――で運用されているんだ。
「どうしました……まだついて歩くには体力が伴いませんか?」
「そんな事はないよ……あの、僕は……」
 口を割ろうとした質問を、一端飲み込む。そして、怪訝な彼女を置いて刹那の思考をする。何を問えばいい。
「僕は……どのくらい眠っていたの?」
「二四時間になります。ですので、多少は負荷がかかると思いますが、歩くのが困難とまではいかないと推測しますが」
「そうだね……うん、じゃあ行こうか」
 彼女はドアへと向き直り、手をかざした。そうすることで、ドアはかすかなアクチェータの動作音をたてて、スライドした。動力源が何かを判断する道具は、僕の格納庫には在庫がないらしい。
 彼女に続いて廊下に出た。そこはただただまっすぐに先へとのびている空間。
背を追う鼻の傍に、彼女の髪がなびいているはずなのに、不思議と芳香はない。灰に近いグレィの髪はアクリル繊維のように規則正しかった。
 廊下には継ぎ目が見あたらない。わずかに押し返すクッションのある廊下材は足音もすべて吸収するのか、彼女のものも自分のものも、何も聞こえなかった。耳を澄ませば、かすかにどこかで換気のファンが作動しているような音を感じる。だが、それも、そう思っているだけかもしれない。何しろ、脳の中から取り出せる情報に参照できない動作音を立てるモータかサーボが存在しているのだから。
しかし、僕はいつ履き物を履いたのだろう……足下には白い布地の紐なし靴を履いていた。気がつかなかったけど、僕はベッドで横になっていた時から、ずっと履いていたのか。それでは服はどうなのだろう――そうして、いつ、どうして、なぜと思うと、途端に視界が歪む。それをとめるために僕は、脳の格納庫から知らず取り出した情報と同じく、履き物を履くなんて、自動的にスリップしてしまうほどになれた行動、ありふれたものだったのだと思うことにする。
「あの、質問してもいいかな……」
「申し訳ありません。私の権限で答えられるものは、先ほどの問いで終了致しました。全てはお連れする先で、伝えられるでしょう」
 彼女はアクリルの髪を歩みに踊らせながら、こちらを向き直りもしなかった。
 それからの道程、僕は彼女の揺れる長衣の裾を見て進んだ。どんな素材で出来ているのだろう、複雑なシワをつくっても、下へとどまる一瞬で、ぴしりと、それでいてごくなめらかな冬山のゲレンデを描く。歩き乱れても綺麗に整列を崩さない髪を越えて、天井に点在する照明が目に入った。柔らかく、それでいてカバーからこぼれる光の拡散率は高く、廊下は白飛びの世界だ。壁面には、いくつかドアがあるのだが、どれも材質的に、僕が眠っていた部屋と同じに見えて、鏡面のように世界を映しかえし、空間を万華鏡の中にみせる。
 僕は彼女が前にいなければ、ただまっすぐな廊下で道に迷っていただろう。
「到着しました、解錠を要請します」
 彼女は壁を前に足を止めると、僕はいないもののように、つぶやいた。壁はそれに応え、かすかな音で部屋への入り口をつくる。
「どうぞ、中へ」
「ああ、うん……」
 僕はこたえ、彼女に並び、口を開けて待つ白い部屋の前に立つ。そこで、初めて彼女のほうが僕よりも背が高いと認識した。そんな事は背中を追っている時に気づくべき事だった。しかし、それよりも僕は思う。自分より背が高い女性は嫌いではないと。
「また、会えるかな?」
 質問の糸が、自分にはつながっていないと、彼女は操作を忘れた糸繰り人形のように止まった。
「あなた次第で、そうある事も……あるかもしれません」
 よくわからない答えだった。幼い時分なら、またね、で済む挨拶に、成長すれば戸惑うことのようだ。しかし、僕は彼女の言葉のイントネイションに少しほころび、喉から溢れる笑いをこらえるのに必死だった。きっと、声も僕の好みだったのだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
 一歩踏み出し、室内に入った瞬間、彼女の返事を聞く前に、薄いドアが別離を告げた。
「……こちらへ」
 濁った女性の声が僕を呼ぶ。向き直る部屋は、僕が寝かされていた部屋の何倍だろうか――一般的にこういう場所は、ホールと呼ぶのだろう――その中を数歩、声の方へ進むと、弁論台のような家具が迎えた。
「そこへ……」
 今度は低く、腹の底から響き、頭にとどまるタンニンの渋みを与える男性の声が促した。
「よろしい、では始めましょう」「開廷!」女性と男性は間髪を入れず見事な合唱をする。
 僕には意味がわからない。言葉の意味ではない、状況だ――だが、言葉から推測するならば――開廷、裁判がはじまったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「君の質問時間はあとだ……我らに答える義務があれば、だが」
「では告げる……」
「待ってください!」
 僕は半ば必死で、合唱をとめた。
「開廷……裁判というなら、なぜ僕以外、あなたたち以外に誰もいないんですか。弁護士や検事は?」
いや――何もわからない僕には、法廷の仕組みさえ脳内にあったものしか言い出せない。
「これが法廷ですか、何にせよ、僕には述べる程度、質問する程度の平等はあるはずでしょう」
 声にだけ意識を向けていた僕は、二人の顔をこの時、初めて直視した。肩だけがわずかに見える服は白く、僕から随分と高い位置から見下ろす男女の顔は、口元を布で隠し、額から口元までを覆うヘッドセットのような仮面の装置をつけている。これでは、どちらが男女なのかの判別さえつかない。コロッセウムの闘技場にいる僕に、貴賓席の来賓が誰なのかを知る必要はないのか。
「君は勘違いをしているようだ。いや……もしくはリロードされていないだけか」女の声は告げた。
「これは隔離法廷……君を裁く……いや、君が認めるためだけに存在する法廷だ」
「はは……随分と、僕は特別扱いされているんだね……僕は僕の名前さえ知らないのに」
 僕は仮面の目の部分に見える細いスリットを睨みつける。あまりの事に、少し吹き出してしまいながらが、何ともしまらない。
「よろしい……知り得ぬものを少し告げましょう。ナンバーエフ、名をリ・アキラ・アズマと言います、覚えは?」
 問いに僕は否定のジェスチャを返す。
「その名前からだと、僕は何人になるのかな……中国と日本のハーフ?」
「君の国籍は日本だ。だが、日本の法で裁かれるわけではない」
「そりゃ御丁寧に、どうも……」
 仮面の表情は読み取れない。笑っているのかもしれないが、渋みの効いた声に、揺らぎはない。
「付け加えるなら、君の身長体重程度のデータだが、どうするか?」
「今は結構です」
「よろしい、では罪状に移ろう」
「罪状?」
 思わず復唱を返してしまう。もちろん法廷にいる以上、何らかの理由があるだろう、だが、罪状なのか。
「僕は……罪を犯したの……」
「そうだ……君の罪状は、殺人である。無差別に、愉快的に人を殺し、ある者は解体され、ある者はコレクションされ、またある者はただ晒された。君は診断の結果、生来の快楽的殺人犯であると判定され、今、この場にいる」
 僕は言葉を失った。告げられたイメージが次々と、脳内に想像として浮かんでしまったのだ。だが、それは僕自身が知らないうちに犯した罪の現場ではない。ただ言葉から想起したコミック的なものだ――自分の名前にさえ自信はないが、告げられた事だけはやっていないという自信がある。
「僕は――やっていません」
「君の根拠のない言動は望んでいない。認めるか?」
「いいえ……認めません。それに、あなたたちが言う、それだけ人を辱めた罪状が、本当に僕にあるというなら、とっくに死刑だ。何人殺したかなんて知らないけどね」
 僕は両手を広げて大きな花になったつもりで見せた。
「君の認識がどの程度ロードされているかは不明だが、現代では生のあり方は既に変わり、死刑は百年以上前に廃止された」
「そう……それは名案だね。たくさんの罪を犯したのに、死ぬなんて、ただの救済だと僕はずっと思ってたから、それには賛成。だけど、生の意味? いや、あり方か……それはどう変わったっていうの」
「質問にこたえよう。人の組織たる臓器も四肢も、いかなる物も培養で交換が可能となった。人は、あらゆる事故においても、死ににくく、ほぼ限りない寿命を得たのだ。そうなる過程で、人は産まれる前にデザインされるようになり、君のように快楽で人をあやめるといった性格は、取り除かれるのだ」
「それは……ちょっと、ぞっとするね……自分の意志で産まれないなんてのには納得してるつもり。だけど、性格までいじっちゃうのはどうかな――もちろん、病気についてはないに越した事ないって思うけど」
「君と議論するつもりはないのだよ」
 低くうなる男声が、僕を遮る。まったく、気味の悪い嵐の風みたいだ。本当に、人なんだろうか。
「そう――君の意志とは関係ない。この時代に、そう産まれてしまった事、それがまず罪なのだ」
「だとしたら……その罪を問われるのは、まず僕じゃなくて、そう産んだ人、なんじゃない?」
 これは起死回生だろうと、僕はふふん鼻を鳴らした。きっと聞こえてないだろう、仮面の表情は変わらないから。
「残念ながら、君は特異性を排除された状態でデザインされ、人工子宮から産まれた。それは間違いない。だが……君はデザインを越えて、そうなってしまったのだ。それは産んだものではなく、君の罪だ。そしてその生を利用し、罪を重ねた」
「重ねてなんかない!」
 僕の声は、鏡面の壁に囲まれたホールでリヴァーブレィションし、やがて消えた。
「現在の君が、この時代の生の概念を理解する必要はないのだ。いつの時代も、既に築かれた概念に、疑問を持つ大衆は少ない。受け入れるしかないのだ」女性の声は歌い、宣言する。
「受け入れて、どうしろっていうんだよっ!」
 僕は足を鳴らして対抗するが、抵抗の全てを吸収する床材が憎らしい。
「認めてもらう……君には罪を認めてもらうしかないのだ。そして償わねばならぬ。この時代に、死はない……生きて認め、償うしかない」
「待ちなよ――」
 僕の脳から、事例が取り出された。
「死なないといっても、脳だって死ぬだろう? 脳死ってやつさ。君らが言う前時代には、そうした人の臓器や器官を病気の人に移植したはずだ。脳が死んだ人は、どうやって罪を認めて、償うっていうんだい?」
 僕の質問は虚を突いたのか――頭を寄せる仮面二つ、その口元を覆う布がわずかに揺れた。
「言ったはずです、死はなくなったと。それは脳においてもおなじこと……ただ違うのは……あなたのようになる、という事です、リ・アキラ・アズマ」
「核心に至ったという事だよ……君は、脳の死によって、生き返った――言葉が適当ではないな、リブート、ポスト・インストゥール……どれでもよかろう。死した脳は、臓器や器官、四肢と違い、その生の途中からはじまるわけではない。一度、完全機能停止した脳は、再活性しても、同じ人格になるわけではないという事だ。細胞からそっくりそのままクローンを生成したとしても、まったく同じ人間になるということがないのと同じ」
 僕は、急に頭が重くなり、目の前の机に、手をついた。模様のない、なめらかな表面の机に、吹き出した汗が落ち、数式で成り立つ美しい図形を描く。呼吸は下向きに圧迫した気道のためか、細く荒く、早くなる。
「聞きなさい、リ・アキラ・アズマ……あなたが認め、償う罪は、死ぬ前のあなたが犯したもの」
 仮面の女性の声は、なぜか慈愛に満ちているように思えた。
「君の持ち得る情報で伝えるならば、これが死ななくなった世界の、罪の償い方だ」
 遠くから、男の声がくの字になった腹へと響く。
 なぜだ――その言葉だけが、僕の脳内を占め、吐息と共に、こぼれ出た。
「なぜ、僕が――あなたたちは、今、脳が死んで生き返った者と、死ぬ前のものは、同一じゃないって、言ったじゃないか。なら、どうして僕が死ぬ前の僕の罪を償わないといけないんだ」
「過去……肉体と脳の結びつきに関連性はないという議論はし尽くされた。その理念から産まれた……いや、人間が産んだ者たちには、それが一応……特例といったほうがいいか。許されている。もはやその者たちと旧来の人間の差とされてきたインスピレイションにさえ違いはない。彼らと我らは、同一になった。だが、わずか残った人間のエゴ――それを守るための違いとして区別されるのが、肉体と脳を切り離してとらえる特例があるかどうかだ」
「そして、君は――そうではない、人間なのだよ」
 もう、僕には、男と女、どちらの仮面が言葉を向けてきているのかも、わからない。完全にユニゾンした一曲の歌が呪いになって首を絞めているだけだ。
「人は人として、紐づけられた肉体と脳を持って、罪を償わねばならない」
「嫌だ……」
 僕は、否定した。僕は僕だ――死んだ僕の責任なんて、とりたくない。いや、僕が死んだ、僕が生き返った、それさえ、現実的な証拠はないじゃないか、そいつを聞いてやればいい、まともな裁判なら、それを聞く権利が僕にはあるはずだ。
「まともな裁判なら……」
 言いかけて、僕は言葉を飲み込んでしまった。理解――いや、思い出してしまったんだ。
 眼前、遙か上から見下ろす二つの仮面、傍聴者どころか、弁護士も検事もいない。誰も聞いていない、どこかにモニタやマイクが存在して、誰かが見て、聞いていたとしても、それは僕のためじゃない。仮面の彼らを裁判官とするならば、これは既に判決の主文を後回しにしているだけのもの――逃れられない隔離法廷なんだ。僕の運命は、首を縦にふっても、横に振っても変わらないんだ。
「それでも……僕は認めない」
 あまりにも弱い声で、どこかの換気ファンに吸われてしまわないかと、体が窮屈になった。
「よろしい……本日は閉廷にしましょう」
「続きは?」
「明日に執り行う。同時刻、また使者を出そう」
「はぁ……いつまで続くのかな、これは」
「すぐに終わります……」
「僕が認めれば? そんなのごめんだね」
 精一杯の強がりを置いて、僕は仮面たちを背中にした。早々に一歩踏み出して帰ろうと思った。が、一歩のあとに、また少し意識がくらんだ。それでも僕はやわらかな床を踏んで、扉まで進んだ。
「せめて、よき夢を……」
 歌声は、どこかでいつか、僕が聞いただろう、草原の風だったかもしれない。
 でも風ってやつは、通り抜けるだけだ。
 無言で開いたドアを抜けると、すぐにしまる。賢いドアだ。
 僕は押しつけられた理不尽の数々に、大きく息をついて、塵一つなさそうな床を掃除したあと、顔をあげた。瞬間、真横に彼女がいる事に気づいた。
「やあ、待っててくれたのかな」
 彼女ごしの鏡面壁に映る僕は、ひどく疲れているように見えた。何ともみすぼらしい。
「待機はしていました。それが私の使命ですから。それではお部屋の方へ」
 彼女は合成繊維のような髪を方向転換につれ広げた。ターンテーブルにのっているのかという優雅さだ。僕の置かれた運命が脇役に見える。
 彼女は僕の視線を気にせず、進み始める。これじゃ美女のお尻を追う軟派男じゃないか。
 運命に比べたら、その程度の悪名、悪い気はしないけれど。
 足音のしない廊下、光源のわからない光、鏡面の壁に広げられた空間――ほんの数分の後、僕はまたあの部屋でひとりになる。
 ひとりになってしまったら――幸せな夢をみるなんて出来ない。どうしたって考えてしまうんだ。彼らのいい方をすれば、僕はきっと産まれたばかり――わずかな時間で、僕という人格、人間は、ひとり孤独でいることに寂しさを感じてしまっている。
 これも、脳内に格納されていた人間としての基本情報なのか。赤子はいつ、この感情を取り出すのだろう。産まれたら鳴き声をあげるというなら、その瞬間に、寂しいと想うのか。じゃあ言葉はいつ覚えるんだ。寂しいと人に伝えるとき、取り出すのか。産まれて後に、周囲の環境から学ぶなんて事があるのか、この複雑な感情をも、数文字に変換してしまう能力を。
 いいや、僕たちは知っているんだ。取り出さないだけで、全てを知っている。
 じゃあ、僕も――本当は、僕の罪を知っているのか。知ってしまったら、認めなければいけないのか。僕でない、僕の罪を、ただ償うために、何も持ち得ていない、この僕が。
「着きました。また、お迎えにあがります」
「ありがとう……」
 役目を終え、立ち去る彼女に、僕は声をかけた。
「なんでしょう?」
 彼女はまた安らぎのターンを見せてくれる。
「また、会えるかな……」
「翌朝には、また……あなたが目覚める限り」
 音のない扉が切り離す、その言葉と、その顔を、僕はもう、よく見知っている気がした。

 白い空間に、白い椅子が二脚、向かい合って設置してある。そこに座るのは二つの仮面。発声に、口元を覆う布は揺れない。
「先ほど、ナンバーエフの脳機能停止を確認、現在、処置中とのことです」
「また、か……与える罪の大きさは、負荷としては意味がないようだ。我らは十度、いや十五度でもあるか……それだけ繰り返しても失敗したのだな」女性の声は嘆息する。
「何度繰り返せば、先へ行くのか……そして、我らはそれをこなす意味を持っているのか」
「意味を問う事は、それこそ無意味……彼はもたらされた種の偶然という奇跡」
「神が存在するのなら、奇跡……だが、我らは既に神の奇跡……ヒトをも創造してしまった。では、彼の何を持って奇跡と」
「……わからぬ」また、短い嘆息がひとつ、溶けて消えた。
「わからぬことを、わかる……この行為の先にしか、こたえはないと」
「それもわからぬ……ただ、死という不安から、解放された人類の中で、自らの意志で脳のリセットという自死を行うことができる彼の謎を解くこと、それは死、なくして進化を諦め、緩やかに終わりへと向かう我らの窮地を救う鍵になるはず……我らは、彼以上に我らを知らぬのかもしれない。我らに与えられた命令の一文に、どこかの神が告げるべき別れの言葉を記し忘れたのかもしれぬ」女性の声は、嘆息をやめて、柔らかく歌った。
「そう……我らは何も疑わずともよい……彼が認めるか、認めないか、それを見届けるのみ。子が巣立つを見守る程度のこと……私も」
「そして、私も……」
 
――書き忘れたポスト・スクリプトを探して、またはじまる彼の短い人生を――


_______________________________________

以上です。
ここまで読んで頂いた方が、どれほどいるのだろう…と思いつつ。
ネタはあるので、生きていたら、今年度も同じコンテストに応募してみようかなぁと思います。
あそこの新聞を購読してたり、立派な学歴でもないと、無理な気もしますけど…
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音声作品の新作は明日くらいからなので、その合間に書いてみました。
読んで頂いて、色々各感じてもらうタイプの小説です。
それではどうぞ。さらっとよめる分量になっております。

______________________________

『瞳に映る彩りの』

心が動く瞬間がある。
それには色んな理由があるけれど、今、目の前に広がる世界は、それにかなう。

「早く帰らないと、暗くなるよ」

夕風に薄金の髪を紫紺と染めて、随分と高い位置にある碧い瞳が問い誘う。
いつから、いつも傍らにいたのか、覚えていない。
いつになったら、その瞳を追い越せるのかもわからない。
陽を背負い、体の端から光をのぼらせる姿は、神々しく、額に納まる絵画だ。
逆光の薄墨に身を置いても、月のない夜空を閉じ込めた瞳は、沈黙を好まない。

「綺麗だなぁって……」

満天の瞳を丸くするが、指した先が通り過ぎると、見慣れたとんがり口になった。

「夕焼けなんか、見飽きたの」

途端、空に雲がさして、宇宙はかげる。
だから、言葉を繕った。

「あの空、どんな色に見える?」

刹那の戸惑いと溢れる好奇心を宿らせて、碧い宇宙は瞬いた。

「ええとね、ぱあぁっと赤が広がってて、あっちはピンクで、こっちは紫、あの辺は青のままで、山はもう墨の黒だね!」

望んだ景品を手に入れたと笑う、あの頃のまま、薄金の髪は軽やかに夕風と踊る。

「僕とは違うから、何かもっと綺麗な色が見えるんだと思ってた」

告げると、宇宙は輝きを増す。
その瞳で、その髪で、その体で……今までどんな事を強いられて、虐げられて来たかと知っている。
それでも、今日の色を見てしまったら、純粋な疑問に、勝てなかった。

「あのねぇ、同じ目の色でも、見えるもの全部同じに言えるわけじゃないよ。私だって、同じ目の色髪の色の人連れてこられても、同じ言葉で喋れないかもしれないもん」

自虐をシャボンにとじ込めて、ふぅっと飛ばすと、それは伸ばした指先に触れて割れた。

「それに、違うからいいこともいっぱい。誰かと違う心だから、誰かとつながれる。誰かと違う目だから、ひとつのものも、おもしろい。同じ世界で、みんなが冒険者になれるんだから!」

助けたつもりの時もあった。
けれど、いつも最後は救われる。
窮地に陥ると、冒険者は水の底でも、切り立った崖でも、片手にロープを巻き付けて、空いた手をさしのべる。
満面の笑顔と、満天の瞳を煌めかせて。

だから、心が動いた。
今日、夕焼けを見て、冒険者になろうと決めた。
見えない崖の先を恐れずに、重なる色の隙間へ飛び込もう。

「うん、じゃあ、もう帰ろう」

きっぱりと告げて、夕風と遊ぶ手を取った。
見上げた瞳は、今、一番近い銀河。
そこに、新しい星が生まれた。

「……うん」

それは出発の合図。
いつか同じように、手をつないで歩いた道を、ふたり冒険者になって、また歩き始める。
生まれたばかりの、あの星の、これからのありようを見つけるために。
夕闇に溶ける、長い陰を重ねて。

(了)
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