こんにちはっ!!
全国的に梅雨明けも間近で、暑い日々になってきます。
さて、今回の朗読は、そんな、これからの季節まっただ中にやってくる、一通の手紙を主にした物語です。
百合ものと、カテゴライズしていいのかなと、思っています。
少しだけ長いですが、それを麗しく「白夜あこ」さんに朗読してもらいました!
白夜さんの個人ページは隣の柱のリンクからびょんっと行ってみてください♪
お借りしたもの
BGM:
フリーBGM・音楽素材MusMus 「祖父の書斎」「君が眠るための即興曲」
それでは、17分少々、お付き合い、よろしくお願いします!

以下、本文になります。
見なくても朗読だけで十分ひきこんでくれますよ♪
手紙
郵便配達のバイクが、長い目覚ましを吐き出して隣家へ急ぐ。
おかげで、暑さにくじけず朝寝をしていた頭も、随分しっかりとする。
季節は世界の色をより濃く鮮やかにして、道行く子どもたちも、遊びを考えることだけに精一杯の笑い声ではしゃぐ。
通う大学も試験を終えて、夏休み。
名も知らぬよその子でさえ、明日の遊びに事欠かないだろうに、そういうきらきらした夏の予定は、私を避けた大学内の小さな女の輪だけでめぐり終えたようだ。
知らせのない携帯電話で、暇つぶしのパズルゲームをする以外、取り立ててやることのない私は、明日から近所で季節のアルバイトをする事になっている。
そんな中、目覚ましの郵便屋さんが運んできたのは、一通の封書。
封筒は、朝顔が描かれた厚みある和紙。どこか感覚に訴えたそれは、100円ショップで売っているものではないなと、裏返し墨筆で書かれた住所を辿り、差出人に至った。
それは、わずか三年前まで私の日常にあって……。
過ぎる季節全てを捧げ、ゆく背中に手を伸ばしては自分で抱き、何度と白い紙を埋め尽くすまで書いては消し、木漏れ陽よりも春風よりも……何より心の真ん中で、私を支えてくれた……懐かしいあの娘の名前だった。
大きなものがなくなった、小さなものが増えた……そんな違いもない、あの頃を引きずったままの自室で、私は封を解いた。
開けた窓から這いいる季節の生ぬるい風が、バラを模す、幾枚も重なった便せんの端を揺らす。
紙から舞い上がった香りは、一瞬で私を黄昏色の教室へ運ぶ。
夕日の逆光に、愛嬌のある顔を隠したまま、制服のあの娘が話し始めた。
こんにちは。
拝啓とか、時候の挨拶とか、気の利いたものからでなくて、ごめんね。
こうして改めると、何から書いていいのか迷ってしまいます。
お互い、別の道を歩き始めたあの日の事は、目を閉じれば、すぐに思い出せます。
そんなだけど……そんなだから……。
このお手紙も少し長いものになるだろうけど、付き合ってくれると嬉しいです。
卒業式の日から、お互いに連絡先を知っているのに、どうしてだか、今はこうです、ああですって、報告する事も出来ませんでした。
それだけを伝えて終える自信がなかったからです。
私と出会った日の事を覚えていますか?
私は……あなたが私の事なんてかけらも知らなかっただろう頃から、あなたの事を知っていました。
だって、目立っていたから……全校でたったひとり、女子のため、選択のひとつだと学校が用意したズボン制服をはき続け、いつも青い風をまとっていて、凜なんて言葉がぴったりでした。
だけど、どこか広い丘に、たった一本でいる孤独な樹にも、私には見えました。
何者よりも強いのに、そよ風にも倒れてしまいそうな危うさを持っていて。
そういうあなたに興味を持ったし、話してみたい、近づきたいと思うようになっていました。
その願いは、二年生になって叶いました。
クラス分けの名簿にあなたの名前を見つけて、私は心の中に春風が吹きました。
けど、出会いはそれほど感動的なものじゃなかったですね。
私はあなたに出会う前、いじめられていました。体が特徴的……あなたも知っている通り、胸が大きかったせいで、男子には重宝されたことでしょう。無口な事もあって、女子の想像は悪い方へ膨らむに事欠かなかったでしょう。
クラス替えがあっても、一年から持ち上がりで同じクラスになった人も数名いました。
その娘たちは、私を的にしていました。自身たちの何事かのうまくいかないストレスもあったでしょう。はじめ小さな芽でも、広く根をはわせれば、深く酷くなっていきます。
ああ、またか……と、私はあなたと同じクラスになれた喜びも、暗い井戸に落としそうになっていました。
思い出していた……同じクラスになってから、初めて交わした言葉は、関わりたくてかけたものでもなかった。
ただ、昼休みにわかりやすくいじめられてる娘がいて、見ていられなかった……それだけだった。
そこには私の正義もなかったし、使命もなかった……私は、その程度の人間だった。
あなたにあの時、私を思っての何かがなかった事、私の事なんか何とも思っていなかった事、わかっていました。
だって、私はあなたの事を知っていましたから。
だから私は安心しました。
もしも、あなたに同情なんてものがあったなら……そこで私はおしまいでした。
そんなものが、なかったから、私は希望が持てました。
そんな声だったから、私を救ってくれました、あの場所から連れ出してくれました……それからは、あなたが私の全てになってくれました。
同情でも、哀れみでもないあなた。
あなたとだから、築けた。
あなたは……私の想像していた通りでした。
一人で立っているのに、本当はひとりでいなくちゃいけなくて、ひとりだった。
ひとりズボンをはいていたのは、そういう事だったのだと、私はあなたとの日々で知っていきました。
一緒にお昼を食べて、好き嫌いを知りました。
ナスがダメだなんて、子どもっぽい所は治りましたか?
駅までの帰り道で、好きな季節を知りました。
もうすぐ、あなたの愛した時分になりますね。
傘を忘れて、あなたの身長を知りました。
本当はカッパが好きだなんて、かわいいです。
放課後の教室で、あなたの痛みを知りました。
私は、あなたの好きが恋しくなり、あなたの嫌いを誰よりも憎みました。
そうすれば、私はあなたに近づける……あなたと同じになれるなんて思ってたのかもしれません。
だけど、どこまでそうしても、あなたにはなれないんだと気づいた事があります。
プールといって、あなたは思い出してくれますか?
覚えている。
私は何一つ忘れていない。
まつわる全てを忘れる事なんか、出来ない。
プール……男どもは、さぞ水着姿を期待しただろう。けれど、あの娘はプールには入れなかった。
ちょうど生理になってしまったから……だけど、それを女子たちは違う理由と決めつけた。
そこまでして出し惜しみしたいのか、何人ともヤってるから恥ずかしくないだろう、授業出なくても担任たらしこんでるから大丈夫なのか、生理も嘘で、本当は止まってるんだろ……。
それが全て言いがかりだと知ってるのは、私だけだった。
だから、私はあの娘と彼女らの間に、また立った。
あの時とは違う……一緒に過ごした時間の中で産まれ育った、確かな想いを持って、私はそれを守ろうとした。
午後の日陰に小さく捕らわれるあの娘を、そうして、私の檻に入れてしまいたかった。
あの時、救ってくれたあなたとふたりになってから、お話をしましたね。
生理なんていらない。なくなればいい、そんなものなくっても、私は私だ。
私は面倒なくなるなら、女じゃなくてもいい。
なんて……年頃によくあるいいわけをしていました。
けれどあなたは、自分が女だと認めていました。
私たちは、面倒をかかえて、どこまで行っても女だ、女という事を認めて、女であるからこそ……私とあなたは、こうしていられる、と。
だから……と、あなたが言いかけた言葉……それは私がずっと待っていたものでしょう。
私はずるいのです。知っていました。わかっていました。確信だってありました。
けれど、ずっと黙っていました……あなたと私で築いた今が崩れてしまう、崩してしまうのが怖かった。
あなたまでが、私から離れてしまったら……その苦しさが勝っていました。
なんて……弱く、ずるい私の想いは……夕べにはしぼむ朝顔程度だったのです。
だから友愛という造花を、卒業の日まで、あなたの胸へと捧げ続けました。
同じだった……私は……知りながらも、伝えることも受け取ることもしなかった。
水を……与えなかったんだ。
けれど、枯れる事もなかった……咲いていたのは造花だから。
作り物で隠す果実は、誰にも気づかれず、摘まれることもなく、生き続けた。
幾度と数えることも億劫な慰めの中でも、腐り落ちる事なく、実は赤々と光りを白い筋に映し、はりを保ち続けた。
花はしぼんで、造花に隠れてしまっても、既に熟した実が、土に還る……そんな時間に、私の生きる時は敵いません。
だから、あなたから逃げました。
想いを抱いたまま、あなたと共にいる事、ままに、あなたと過ごすことが、もう無理だと思ったからです。
弱いでしょう……私はあなたと一緒にいても、何一つ変われなかった。
弱く、ずるいままでした。
私は地元を離れて、就職を選びました。
できるだけ、あなたから遠い場所へ……想いが引きちぎれるくらいに、遠く伸びる場所へ。
けれど、私の力では、陸続きの場所が精一杯でした。
私は知っていた。
あの娘が逃げるために、そうしたことも……知っていたのに、引き留めることをしなかった。
それに、ただ甘えた。
背中を抱くことなく、送り出した。
私は、卑怯者なのだ。
だから、責めるつもりなんてない。
どんな嘘をつかれても、どんな恨みを吐かれても。
私には、それを受ける義務がある。
ひとつ、私はこの手紙で嘘をあなたにつきました。
名前、です……私はもうあの頃の姓ではありません。
就職して二年、上司からお見合いを設けてもらいました……その相手が夫です。
私は……あなたへの想いを抱いたまま、妻になりました。
そして、もうすぐ、母になります。
私は、自分の女性を廃したかった。
憎んだ、煩わしいと思った。
けれど、それを持ったままでいさせてくれたのは、あなたです。
抱いたまま、あなたは、愛させてくれました。
だから……私は夫に出会えた。
そして、母にもなれる……こんな私を、あなたが愛してくれたから。
夫のこと愛しています。
これから産まれてくる、私を母にしてくれる存在も、心の限り愛するでしょう。
けれど、私は……ずっとあなたを愛しています。
やっと、言えます。
私は、あなたを愛しています、愛し続けます。
私はそれを、一生にします。
便せんの最後を、胸に抱く。
あの娘の嘘なんて、すごくかわいいものだった……私は、いつかそうなるだろう、そうなって欲しいと、どこかで願っていた。
愛してくれているという、喜びと同じくらい、この茨であの娘を縛り続ける事を、望んでいなかった。
だから、きっと……私は……あの娘に、愛していますと、返すことが出来る。
今なら、出来る……。
窓から吹き込む風が、冷ややかに頬を撫でる。
りりんと、隣家の風鈴が数瞬の遅れを知らせ、私にひとつ、決意をくれた。
明日からのバイト代は、車の免許習得に使おう。
幸い、休日でも滅多乗らない父の車が、ガレージにある。
そうして、私は……自分の足で、あの娘に会いに行こう。
積乱雲が映える蒼天のキャンバスがつなぐ、その向こうへ。
そして伝えよう。
愛していると……。
抱かせてもらおう……あの娘が産んだ、愛の形を。
「その頃には、この風も、少しは涼しくなってるだろうし……」
(了)
いかがでしたか?
この夏、色んな想い出に抱かれて、あなたの一時が幸せでありますように。
また、こういう朗読もの、描いてみたい、朗読してもらえたらいいなと考えています。